広島地方裁判所尾道支部 昭和29年(ワ)281号 判決 1963年12月26日
原告 中村ハナヨ
右訴訟代理人弁護士 渡部利佐久
被告 門藤春三
右訴訟代理人弁護士 由井健之助
被告 土井太一
被告 曽根正雄
右訴訟代理人弁護士 龝山定登
主文
一、別紙第一目録記載の山林は原告の所有であることを確認する。
二、原告に対し
(一)被告曽根正雄は右山林について広島法務局甲山出張所昭和二八年一二月二二日受付第二〇三二号同月一七日の売買による所有権取得登記の、抹消登記手続をせよ。
(二)被告土井太一は右山林について、同法務局出張所昭和二八年一二月一九日受付第二〇一〇号同年一一月三〇日の売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(三)被告門藤春三は右山林につき所有権移転登記手続をせよ。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、当事者間に争のない事実、ならびに≪証拠省略≫を総合すれば、甲号山林はもと訴外門藤仙蔵の所有であつたところ、登記簿上は明治四一年五月七日に同人から訴外門藤喜一郎名義へ、同日付売買を原因とする所有権移転登記手続が経由され、その後昭和二八年一二月一九日広島法務局甲山出張所受付第二、〇〇五号をもつて、被告門藤春三名義へ昭和二七年一一月一五日相続を原因とする相続登記手続が経由され、引きつづき同年一二月一九日同出張所受付第二、〇一〇号をもつて、同被告から被告土井太一名義へ、同年一一月三〇日売買を原因とする所有権移転登記手続が経由され、更に同年一二月二二日同出張所受付第二、〇三二号をもつて、被告土井から被告曽根正雄名義へ、同年一二月一七日付売買を原因とする所有権移転登記手続が経由されている事実を認めることができ、右認定に反すべき証拠はない。
二、しかして右事実関係につき、原告は、明治四一年五月七日甲号山林の登記名義が訴外門藤喜一郎へ移転されたのは、登記簿上の錯誤(すなわち同訴外人が真実買受けたのは乙号山林であつたにもかかわらず、移転登記申請は誤つて甲号山林につきなされた結果に基くもの)によるものであつて、甲号山林は、原告の先代中村新蔵が、訴外門藤仙蔵より明治四三年一月二〇日実地につき買受けその引渡を受けて所有権を取得し、原告がこれを相続したので原告の所有である旨主張する。
よつて判断するに被告門藤春三、同曽根正雄に対する関係ではいずれも成立に争いがなく≪証拠省略≫を総合すると、原告の先々代中村新次郎は明治初年ごろから甲号山林をその所有者である訴外門藤助一郎から賃借して小作し、同山林の所有権が前記門藤仙蔵に移転されてから後も引続き同様の状態であつたところ、明治四三年一月二〇日新次郎は右仙蔵より同山林を代金四八〇円で買受けることとなつた。しかし右代金は事実上当時アメリカに在住していた新次郎の家督相続人たる中村新蔵が支出したので、同人を買主として同人名義に移転登記を受けることにしたが、同日門藤仙蔵より甲号山林のものとして移転登記を受けたのは、実際は乙号山林のものであつた。かように実地と登記簿上において錯誤が生じたのは、それより先の明治四一年五月七日被告門藤の先代門藤喜一郎が前記仙蔵より乙号山林を買受けた際、登記簿上の移転登記手続が誤つて同人所有の甲号山林につきなされたためであつて、当時はこの錯誤に当事者誰も気がつかなかつた。それ故右のような公示上の錯誤にもかかわらず、爾来数十年原告が右新蔵の家督相続後に至るまで甲号山林は事実上中村(原告)家が支配管理し、乙号山林は事実上門藤(被告)家が支配管理していたし、部落の人々も甲号山林と乙号山林が可成り離れた位置に存することより、甲号山林は原告家の所有、乙号山林は被告門藤家の所有と信じ誰一人疑う者はなかつた。ところが昭和二六年頃被告門藤春三は役場で公簿を見た際、右登記簿上の錯誤に気づいたが、自己の所有名義となつている甲号山林の方が、乙号山林より相当価値が高かつたので、慾心を生じその権利関係が明確でないにもかかわらず、原告に無断でこれを昭和二八年一二月一九日自己名義に相続登記した上、被告土井に代金四〇万円で売渡し、その旨の移転登記手続を経由し、同被告は更にこれを被告曽根に代金六五万円で売渡し、その旨の移転登記手続を経由してしまつた。
以上の各事実を認めることができ、成立に争のない乙第一号証の記載内容も、前述の登記簿上の錯誤を生ぜしめる一因となつたものであるから、前認定の妨げとはならず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三、しかして右認定の事実関係によれば前記門藤喜一郎は甲号山林につき真実所有権を取得したものではなく、単なる登記簿上の所有名義人であつたにすぎないから、その相続人である被告門藤春三の甲号山林に関する所有権取得登記も何らの実体を伴わない名目上のものであること明白である。そうだとすると被告土井太一、同曽根正雄は甲号山林の真実の所有者でない単なる登記簿上の所有名義人にすぎない被告門藤春三から順次これを譲り受けたものであるから、被告土井、同曽根らにおいて善意無過失だつたとしても登記に公信力の認められない我民法のもとでは同被告らにおいて、右甲号山林の所有権を取得するいわれはなく、また被告らはいずれも原告に対し甲号山林につき登記の欠缺を主張し得べき正当な利益を有する第三者とも言い得ない。従つて爾余の争点について判断するまでもなく原告は甲号山林の所有権をもつて被告らに対抗できることになるので、被告らに対する同山林の所有権の確認と、被告曽根および同土井に対して、それぞれ取得した同山林の各登記の各抹消登記手続を求める本訴請求部分は理由がある。
四、ところで、原告は被告門藤春三に対しては甲号山林について直接移転登記の請求をしているので以下この点について考えてみるに、元来原告は被告らの甲号山林に関する各登記を抹消したうえ原所有者訴外門藤仙蔵(又はその相続人)から移転登記を受くべき筋合のものであつて、被告門藤春三から直接に原告に対して登記を移転する如きは所謂中間省略の登記に該り、中間者の同意のない限りかかる登記請求権を認めることは出来ないと解されるのであるが、かかる登記請求権が認められないのは中間者に及ぼすべき損害を考慮したもので且つ出来る限り登記に実体関係の変動を如実に反映せしめようとの考え方に基因すると認めるところ、本件についてこれをみるに、右甲号山林の売買が行われたのは五十数年前の明治四三年一月二〇日であつて、しかも前述のとおり、甲、乙両山林について経由された登記簿上の錯誤が明らかな本件においては、被告門藤春三名義にまで抹消登記手続が完了した段階において、同被告から直接真の所有権者たる原告に対して登記の移転をなすも、右門藤仙蔵又はその相続人に対して不測の損害を及ぼす虞れは毫も存しないものと認められるので、原告の被告門藤春三に対する右請求部分もこれを認容して差支えないものと解すべきである。
五、以上説明のとおり原告の被告らに対する本訴各請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 植杉豊 裁判官 小河基夫 畠山勝美)